虹の会代表 プロフィール

体験者の声

虹の会代表の花野 雄二(はなのゆうじ)と申します。

私は愛犬2匹を6ヶ月間の介護の末に看取りました。

その6ヶ月の間、毎日病院に行き、多い日は朝・夕方・夜間と3回行った日もあります。

私は常に愛犬が亡くなるという恐怖心・不安感そして、痛みに苦しんでいても何も出来ない無力感で『イッパイ、イッパイ』でした…

安楽死まで考えてしまいました。

愛する我が子の死を、大切な命を自分の決断で死なせる事は出来ませんでした。

そして今、私は酷いペットロスです。

ただ、愛犬の苦しみに耐えながら息を引き取った様子に“あの仔達の死んでいく様、というか、生き様を見た…”と云う気がしました。

あの仔達の“生きた証”を残したいと云う思いから、私と同じ辛さを抱えていらっしゃる方に少しでもこの「虹の会」がお役に立てれば幸いです。

老犬介護は多くの飼い主さんにとって、とても辛く苦しいものです…

どうしていいのか分からずパニック状態で思考能力が無くなり獣医さんの言われるままにしてしまいました。

看取った後に『あの時の選択は間違えではないか?』と後悔の念が強くなる傾向があり『自分の所為だ、あぁ、あの時あぁしておけば良かった…』と感じる方が多くいらっしゃいます。

今回私は幸い、自宅で愛犬2匹を看取れました。

ただ、病院で最期を迎える仔・事故で亡くなる仔と色んなケースがあります。

私も18年前に事故で愛犬を亡くしました。

その当時は『自分の不注意で亡くした』と随分と自分を責めて苦しみました。

どんな形であれ伴侶動物を亡くすと云う事は、ペットロスは辛く苦しいものです。

虹の会は『伴侶動物の介護・看取り~ペットロスの方』に、ほんの少しでも、心の支えになって頂けたらと考えております。

具体的には“お話会”という形で3~4組様でのグループミーティングで苦しいお気持ちや情報交換などをする場にいたします。

またグループが苦手という方には個人でゆっくりとお話を聴かせて頂きます。

また、ご遺骨や被毛から炭素を抽出して世界で1つだけのダイアモンド制作のお取次ぎや、やはりご遺骨から遺石(おかえり石)制作のお手伝いをさせて頂きます。

<資格>
一般社団法人 日本グリーフ専門士協会
ペットロス専門士・グリーフ専門士共通アドバンス 修了

愛犬との死別について

ぽん太ともなかのイラスト

2005年9月に我が家に来たヨークシャーテリアのぽん太君♂とポメラニアンのもなかちゃん♀とても仲良く兄弟のように育ちました。

私自身、3mの高さから転落し脊椎を痛めたこともございました、その時は『死ぬのかな…いや、あの仔達の為に生きないと、悲しませる訳にはいかない』と思えたほどでした。本当に『大切に、大切に』育ててきました。

あの仔達も年齢を重ねる度に病気になり動物病院通いの頻度が増えていきました。

2021年7月もなかちゃんの闘病生活が始まりました。
飲まず食わず・起き上がることも出来なくなり、痛みの所為か『ウァ~ウァ~』と鳴いてばかりの日々が始まりました。痛みに苦しんでいる姿を見ているのは、とても不安で辛いものでした。

でも2日目にミルクから何とか飲めて、3日目には食欲も戻り自分の足で歩いてくれました。良かった、と喜んでいましたが、8月半ばにまた具合が悪くなってしまいました。

でも、また3日で歩けるようになったのですが…10月半ばにまた起き上がることも出来なくなりました。痛みが酷いらしく『頭を壁に、ガン・ガンッ』ぶつけていたのです。

先生に頼みに頼んで、やっと医療用麻薬を使わせて頂けたのですが…。本当に頑張ってくれました、私に10日間という時間をくれました。

2021年10月25日、享年16歳3ヶ月。
寝ていた私の足元に寄り添い息を引き取りました。

介護の疲れからか眠ってしまいましたが、『なんで寝てしまったのか』と1日くらい寝なくても平気なのに…自分を責める日々が続きました。“せめて最期は私の腕の中で…”と思いました。

しかし、嘆いてばかりはいられませんでした。
ぽん太君がいたからです…
日々のお世話の中でぽん太君の存在が大きく“心の支え”になってくれました。

ぽん太君は血栓がある事が分かり、毎日朝・夕方に病院で血栓を作らなくするお注射を打っていました。しかし4日後には立ち上がることも出来なくなり寝たきりになってしまいました。ほとんど寝ずに、ずーと『キャンキャンッ』鳴いていました。

息を引き取る前日の夜間は凄い鳴き方で病院に連絡しましたが、病院から頂いていた鎮静剤を使う様に先生からの指示でした。

次の日、病院に連れて行って、それから海の公園に連れて行こうと考えていました。いつものようにオムツをはかせて、まだ早かったので“少し抱っこしていよう”と思い抱っこしていたら、本当に直ぐに息を引き取りました。唇をめくり粘膜を見たら紫色でした。

やはり夜間に病院で点滴を打っておけば良かった…後悔しました。

ただ、苦しい中、“抱っこする”のを待っていてくれたのだと感じました。

もなかちゃんの最期で果たせなかった私の想いを、“最後は腕の中で…”
私の気持ちがぽん太君にはしっかりと伝わっていたのだと思いました。

ぽん太君・もなかちゃんは本当に頑張ってくれたのだと伝わってきました。
そんなあの仔達の“生きていた証”を残したいと考えております。

あなたの“大切な家族”のお話しも、ぜひお聴かせて下さいませ。